Jun Yamamoto音楽を語る

Jun Yamamoto 音楽を語る

クラシックのおいしいところをつまみぐい https://jun-yamamoto.wixsite.com/jun-yamamoto

Schumann Piano Concerto Movt. 3

シューマンの譜割というか、ポリリズムというか。 

ピアノ協奏曲の次の部分だが、譜面を追わずに聞いている一聴衆としては、耳がどうしても和声の切り替わる点を拍の頭と捉えてしまうので、赤で示したように、一拍ずれて二分の3拍子として認識してしまう。青のカッコが一単位になる。長さにして2小節分だが、これをひとカタマリとして三拍子として認識してしまうわけである。しかも譜割からは一拍遅れている。

ここで178小節目からピアノが4分音符3個分のフレーズを叩き込んでくる。

二拍単位で三拍子を感じていたところへ、3拍単位の二拍子が割り込んできて、どうしても二拍三連を感じてしまう。この二拍子感が雄大さを感じさせるのだが、さらにオーケストラは2拍遅れてくるので、事情は複雑である。

ピアニストも指揮者もオーケストラもよく混乱しないなといつも感心する。

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八木正夫「目覚め~ネスカフェゴールドブレンドのテーマ」

喫茶店でのテルミン・ライブで、有名なネスカフェのコマーシャルの「だばだー」をやってみようということになり、コピーしてみた。こんな感じ。音はこちら

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コマーシャル音楽の手練である八木正夫さんの傑作である。バロック風で、しかもキャッチー。さすがです。テルミン・ライブでもほぼこの形で演奏して、みなさんに認知していただけました。

対位法が気になるのは職業病。ちょっと手を入れてみました。きれいな三声対位法にしたかったのですが、一部ずるをしています。音はこちら

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芸術を楽しむにも最低限のリテラシーは必要なんじゃないか、という話。

現代音楽にしても、別に何の予備知識もなしに聞いてもらったってかまわないのではあるが、そこはそれ、ベートーヴェンからワーグナードビュッシーラヴェルバルトークを経て、ストラヴィンスキーショスタコーヴィチという西洋音楽の文脈を知った上で聞いてもらうのとはだいぶ違うわな。
極端な話、明治維新ごろの日本人がぶっつけでベートーヴェン聞いても、何がなんだかわからなかったんじゃないか。フーガを聴いて、ずれているといって嘲笑したという話もあるが、これはちょっと眉唾だけれども。
母は1930年前後の生まれだが、若いときにずっと歌舞伎とかは見ていたが、はじめてオペラを見たときは、可笑しくてしょうがなかったといっていた。歌舞伎の所作、発声、音楽に慣れていて、西洋音楽、それもオペラなんか見ちゃったら違和感の塊だろうと思う。
どんなものでも、ある程度の文化の共有がないと、鑑賞することも、楽しむことも、批評することもかなわないのではなかろうか。そういう意味で、「芸」を楽しむというのは一種の「能力」だとおもうんだよね。私には円城塔を楽しむ能力がないわけだが。
音楽は世界の共通言語、どの国の人とでもコミュニケーションができる、皆でビートルズを一緒に歌って感動した、とかいうけどね、それは音楽が民族を越えたんじゃなくて、欧米のポピュラーミュージックという文化を多くの民族が学び、習得したということであって、「音楽が民族をこえた」というのとは根本的に違うんじゃないと思うのよ。

(追記)

論旨が明瞭でなかったようだ。西洋音楽、十二音平均律、コンスタントな拍節、といったものに我々は取り囲まれていて、世界中これが通用するような気になっているけれど、つい100年前は日本人はこれを理解できなかった。感動もしなかったろう。

したがって、音楽は感じればいいんだ、とか、世界共通だ、とかいうのは間違っているか(歌詞があるとかないとかいうのも二次的論点だと思う)、少なくともあまり真剣に物事を考えた上での発言とは思えない。お互いに文化を学び合うという非常に苦痛に満ちた道を通らない限り相手の文化を理解できない。

「ルターの『神は我がやぐら』によるパラフレーズ」初演の模様を公開しました。

洗足学園音楽大学演奏会実習曽我部ゼミ「宗教改革500周年記念」特別演奏会 2017年10月13日 霊南坂教会(東京 赤坂)の録画をYouTubeにて公開しました。
1. ルター/神は我がやぐら (トランペット・ソロ)
https://youtu.be/efNVd1RwPEs
2. ミヒャエル・プレトリウス/神は我がやぐらバリトン・チューバ ens.)
https://youtu.be/2_3lBf6aHYM
3. ゲオルグ・フィリップ・テレマン/神は我がやぐら(トランペットとトロンボーン4本ずつ)
https://youtu.be/uWT3HHU51A0
4. ヤンファンデルロースト/カンタベリーコラール (小編成金管合奏)
https://youtu.be/Uw0t6g2dtic
5.  メンデルスゾーン 都誠紀 編曲/交響曲第5番最終楽章 (金管合奏)
https://youtu.be/W4VUv4ZG0MM
6.  J.S.バッハ/神は我が砦 BWV720 (オルガン独奏)
https://youtu.be/UGaYNDIV19c
7.  久木山直/神は我がやぐら (語り・トランペット・オルガン)
https://youtu.be/Q6uTtUvXrT8
8.  吉田進/エクアーレ(黙祷) (トロンボーン・トリオ)
https://youtu.be/tNpj468rCL8
9.  

youtu.be

金管合奏)
https://youtu.be/RCqgs0fx7No
10.  久木山直/いと高きところに神の栄光あれ(初演)金管合奏)
https://youtu.be/ZWTv_P3PYNE
11. (アンコール)三浦秀秋/ブルーズ・マーチン・イン
https://youtu.be/k8KIQImPJ0w
オルガン 飯 靖子 (6, 7, 9)
トランペット 曽我部清典 (7)
語り  Sunny (7)
指揮  曽我部清典(5, 9, 10, 11)
演奏:2017年度洗足学園音楽大学 曽我部ゼミ履修生
皆様のご協力に感謝いたします。

Prokofiev Symphony No.1 Movt. 1

もともとこの部分は気になっていたんですが、何が気になるのかがわからなかったのできっちりスコアを勉強させていただきました。(尊敬の眼差し>プロコフィエフさん)

第一楽章の主部の終りとその再現ですが、まず主部の終わりの部分。音はこちら

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3-4小節目、7-8小節目いずれも7度の音は鳴っても次で解決しないというような近代和声になっている部分はありますが、特に妙な感じはしない。

ところがこれが再現する最後の部分が気になる。音はこちら

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最初の時は、I-IV-II-V-Iというカデンツで現れたものが、再現では、I-VI-II-V-Iになっており、7度音が解決しないのも同じなのですが、この譜例の最後の小節が気になります。解釈としては属七の和音で、9度と11度(hとd)がくっついているということかと思いますが、どちらも正規には解決しないのはいいとして、バスのcisが気になるんですね。この低い位置でAの和音であることを主張しているのですが、中声にあるdとの間で短9度になり不協和です。これがもしd であれば、上モノはGの和音でG on A ということで響きもよくなるのですが、このcis 気になるなぁ。なんとかなりませんか。なりませんね。

上の二回はまだいいんです。問題は展開部の終りに出てくる次の部分です。音はこちら

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(最初のバスのc g と降りてくるのも気にはなりますが、それはおいといて)最後の3小節が実に妙なんですが、まずDm9で7度音も9度音も放りっぱなしで、ドッペルドミナントのDに行くのですが、これがドミナントの上のGに乗っているという和音で、かなりショックですが、更にそのあとドミナントのG7にいく時に、わざわざこれ見よがしにfis から fへの変化を対斜にしているんですね。これも相当なものです。

オリジナルのスコアはこうなっています。オーボエパートにしろ、ホルンにしろ、嫌がらせとしか思えません。

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(備忘)オルガンのパイプの長さについて

前から、オルガンのパイプの長さが4とか8とかはともかく、2' 2/3とか半端なのがあって、おそらく5度とかなんだろうなぁと思いつつ、よくわからないままにしていたので、整理。

32、16、8、4 とかは2倍の関係だからオクターブだろうとは思われるが、それ以外はなんなのか。

440Hzの Aの音を8とすると

2' 2/3 は1,320Hzとなり、これは440Hzの3倍の周波数だから1オクターブと5度上のE。

1' 1/3 は2,640Hzで、これは440の6倍なので2オクターブと5度上のE。

1' 3/5 は2,200Hzで、これは440の5倍なので2オクターブと長三度上のcisになる(と思う)

 

 

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Mussorgsky "Pictures at an Exhibition" Last Movt.

ムソルグスキーの音楽も創意工夫に満ちており、有名な「展覧会の絵」もカラフルな和声に満ちている。

終楽章の「キエフの大門」の終わりのところを見てみたい。

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変イ短調のコラールのあと、①とした部分が実に魅惑的である。Fm7b5とFbM7(=EM7)が交代に現れる。Fm7b5はこの部分変ホ短調と捉えれば、II7の和音だが、FbM7はあえて言えばナポリの6度なのだろうか。バスに5度音が来ているので「6度」ではないが。

すこし飛ばして次の部分。

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テーマが回帰して、いよいよ大詰めに入っていく部分だが、②の部分も少々変わっている。解釈としては基調としては変ホ長調で、そこに変イ短調(4度の短調)を借りていると見ればいいだろうか。和音の構成音はEb/Bbのところから

Bb Eb G

Cb Eb Ab

Bb Ebb(D) Ab

と滑らかに進行する。

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③の部分も謎である。♭が多すぎて読みにくいのだが、シャープ系で書けば、AM7 A7 F#m/A (Bb=A#) ということで、トップの音が、Ab Abb(G) Gb F と滑らかに動いて偶成和音を成すということかと思う。

④の部分もダメ押しの工夫だが、この部分だけ基調である変ホ長調に対して、六度調の更に半音下の変ハ長調を借りてきたと考えればよいだろうか。このフレーズはもう一度繰り返されるが、二度目はC Bb(属和音)と進んで、めでたく変ホ長調にもどり大団円となる。