Jun Yamamoto 音楽を語る

クラシックのおいしいところをつまみぐい http://jun.la.coocan.jp

Could LvB's Piano Concerto's first theme be MAJOR with a different accompaniment?

小学校の時の同窓会があった。そこで出た素朴な疑問。

「学校で、長調と短調というのを習ったが、いまだになにが長調で何が短調かわからない。長調が明るい感じで、短調がかなしいかんじだとか教わったけど、要するに悲しい感じがすれば短調なのか?ドレミファソラシドをラからはじめればラシドレミファソラじゃないか。永遠に続くんだから差がわからない」
これを聞いたら、小学校の音楽のK先生ががっくりするだろうなとは思ったものの、結構この疑問は深い。
長調は、ドレミファソラシドで、短調はラシドレミファソラあるいはラシドレミファ#ソ#ラだ、というような説明は確かにできる。しかし、それでは何かを説明したことにはなっていない。
おそらくハイドン長調・短調の交代のような、同じ高さで長短が入れ替わる(同主長調、短調)のを聞いてもらえば、違いがわかるとは思うが(譜例で、赤く囲ったのが三度音。短調では半音下がっている)非常に限られた範囲の音楽についてである。
一方、モーツァルトの40番交響曲の冒頭の旋律は、伴奏がなければ長調か短調かわからない。フレーズの終わりのF#が強くト短調であることを主張しているが、そこまでは変ロ長調でも問題はない。
ブラームスでも相当調性の確定しにくい旋律もあるし、フランス近代になれば、調性はあいまいであることをもってよしとするような風さえあり、明確な長調とか短調とかは姿を消す。
長調と短調という対比が意味を持つのは、バッハが平均律を確立してからブラームスくらいまでの音楽に限った話なのだということに改めて気づく。

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要は、はっきりした長調、短調というものはごくごく限られた音楽、特に18-19世紀のドイツ音楽に顕著に見られるものだ、ということで結論づけたのですが、まだすっきりしない。

そこで、ささやかなサンプルを作ってみました。まず最初に旋律の断片を用意して、それを長調に聞こえる伴奏と短調に聞こえる伴奏をつけて並べてみました。

ベートーベン風の長3和音ですーとか短3和音ですーとかいう露骨な分散和音的旋律でない限り、単に旋律だけでは長調か短調は決まらない場合も多いということが言いたいわけですよ。

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だんだん悪乗りしてきた。もうやめとこ。ベートーベンのピアノ協奏曲第3番ハ短調の第一楽章の第一主題はこってこての短調ですが、これを「むりくり」(c)八丁堀の歯医者さん 伴奏付けだけで長調にできるか、というあほなチャレンジであります。

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