Jun Yamamoto 音楽を語る

クラシックのおいしいところをつまみぐい http://jun.la.coocan.jp

Major and Minor

小学校の同窓会に出たときに、女に不自由したことがなさそうなH君の言葉に考えさせられてしまった。いわく:

「学校で、長調と短調というのを習ったが、いまだになにが長調で何が短調かわからない。長調が明るい感じで、短調がかなしいかんじだとか教わったけど、要するに悲しい感じがすれば短調なのか?」


これを聞いたら、小学校の音楽のK先生ががっくりするだろうなとは思ったものの、結構この疑問は深い。


長調は、ドレミファソラシドで、短調はラシドレミファソラあるいはラシドレミファ#ソ#ラだ、というような説明は確かにできる。しかし、それでは何かを説明したことにはなっていない。


おそらくハイドン長調・短調の交代のような、同じ高さで長短が入れ替わる(同主長調、短調)のを聞いてもらえば、違いがわかるとは思うが(譜例で、赤く囲ったのが三度音。短調では半音下がっている)非常に限られた範囲の音楽についてである。
一方、モーツァルトの40番交響曲の冒頭の旋律は、伴奏がなければ長調か短調かわからない。フレーズの終わりのF#とEbが強くと短調であることを主張しているが、そこまでは変ロ長調でも問題はない。


ブラームスでも相当調性の確定しにくい旋律もあるし、フランス近代になれば、調性はあいまいであることをもってよしとするような風さえあり、明確な長調とか短調とかは姿を消す。


長調と短調という対比が意味を持つのは、バッハが平均律を確立してからブラームスくらいまでの限られた音楽に限った話なのだということに改めて気づく。f:id:jun_yamamoto:20160412142434j:plain