Jun Yamamoto音楽を語る

Jun Yamamoto 音楽を語る

クラシックのおいしいところをつまみぐい https://jun-yamamoto.wixsite.com/jun-yamamoto

Takemitsu "Chiisana-Sora" 武満徹 「小さな空」

松平敬さんの絶品の一人多重演奏を聞いてまたこの曲を思い出した。(最後にテルミンバージョンとともにリンクを貼っておきます)

武満徹「小さな空」は宝石のごとき小品である。音の使い方が独創的で、ストレートなクラシックではもちろんなく、ポピュラーミュージックにも分類しにくい。特にオリジナルの無伴奏合唱版が美しい。

例えば前奏部分。(譜例1)赤枠で囲んだBbmaj7は和声理論からのちょっとした逸脱できわめてチャーミングである。直前のF#dim7は普通の文脈ではD7の代替で、Gm7に解決するのだが、ここでは間に対斜が起きるのもいとわずBbmaj7を置いている。似たような音型は歌が始まってからは譜例2のように普通に処理されており、最初のこのギミックが光る所以となっている。

譜例3はその少し後だが、Bb からBbmに行くのは(IV度和音からIVm)常道としても、そのあとにBbではなくBナチュラルを持ち込んで響きをリフレッシュしている。ハーフディミニッシュ(Bm7(b5))はG7の代替でC7に解決するというのも常道なのだが、その前にC#を欠いたEm7(b5) on A > Am を置くことで空間が広がるような不思議な効果をもたらす。(ディクテーション間違いがあったらご指摘ください)

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Massnet "Meditation" from the opera "Thaïs"

マスネの超有名な「タイスの瞑想曲」である。初演は1894年。ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」と同年である。

マスネは私の浅薄な知識でいう限り、それほど冒険的な音遣いはしていないのだが、この曲に関する限り、いろいろとトリックが仕掛けられている。69小節の奇跡。

楽譜はHeugel(1907)のピアノリダクションを拝借して、コードネームを書き入れた。"Re→"とかは調性の表記(参考)である。Reであればニ長調、reであればニ短調である。

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まずは8小節目のA7(ニ長調ドミナント)からBbm(A#m)というちょっとしたギミック。

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9小節目からメインテーマの頭にもどるが、すぐ12小節目13小節目の仕掛けが待っている。世界が広がっていくような効果を与える。ニ長調にもどるが、16小節目からのEm/Aというのは現代のポップスでも多用される分数和音である。

20小節目にもう一度C/Eを出して21小節目ではバスが半音下がってF#7 これは主調のIII7の和音にあたる。また、すぐに主調に戻る。

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24-25はト長調、IV度和音のCはすでに先行していてみみになじんでいるところで、26小節目でこれに7度音を加え、劇的なヘ短調へと導く。32小節目減七の和音に倚音(F)を加えた劇的なパッセージを経てニ短調へ。32小節目の3拍目のバスはAになっているが、Fの誤りである。

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38小節目が主題の再現。45小節目までは繰り返しで、46小節目はバスに7度音を置いたI7(これも現代ポップスの定番進行だ)をだしてIV(G)へ。50小節目でB(VI7)を出して変化をあたえる。

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なかなか素直には終わらない。57小節目のC#7、59小節目のEb7はいずれも通常のコードの所謂裏和音(増四度=減五度上の和音)になっている。最後にいったん63小節目でBm(VI度)にとまって、その属和音であるF#7(III7)を出してやっとA7-Dと主調上に全終止する。ppで余韻を残して終わる。

 

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Schumann Carnaval "Chopin"

Chopin という実も蓋もない直截なタイトルのついた14小節×2である。

冒頭、I から Vmという進行が出てくるが、これはビートルズはじめポピュラーシーンでいやというほど使われているが、おそらくこっちが本家だろう。8小節目のGdim7は経過和音ということでよろしいでしょうか。12小節目はあえていえば、13小節目Eb7の裏コードであるが、ここの扱いは巧みな経過和音かな。

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Rossini "Semiramide" ACT I Ending

ロッシーニの音楽は多少の例外はあるにせよ、どんなに深刻なドラマが舞台上で進んでいようが、お構いなしに楽しく明るい旋律・和声・リズムが続くのだが、ここぞというところではちょっとだけスパイスをきかせる。

長大なオペラ「セミラーミデ」の第一幕の幕切れの部分。ちょっとした和声の不意打ちが用意されている。お話は、殺された王の亡霊が出てきてとんでもないことを言って消えたところで劇的な部分なのは間違いないのだが。

ハ長調で、最初にEb(同主短調のIIIの和音)をかましておいて、途中に出てくるC♭7が不意打ちで、これは次に出てくるCdim7 がハ長調のドッペルドミナント(D7♭9)で、その代理として出てくる(実質B7の和音であるが)。脅かすのはここだけで、あとは平和な和音進行が続く。

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Bartok "Bluebeard's Castle" the 6th-door (2)

バルトーク青髭公の城の第6の扉から、比較的バルトークの和声構造が見えやすい部分として、練習番号102をとりあげて、スケルトンを作ってみた。音はこちら

時には長三和音といった耳になじみのある和音に減8度とか緊張をもたらす音を加える①とか③とか、あるいは長三度の平行移動でまとまりをもたせる④、⑥はD7の和音そのものだが、同時にB♭だけでなくFナチュラルも鳴るということで「尋常でない感」を醸し出している。⑦は長三和音の四六の和音だが、すぐにCやGが出てきて混乱させ⑧のようなBとB♭、GとG♭の共存するような和音で置き換えられる。G♭は青髭のパートだが、歌いにくいだろうなぁ…

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Bartok "Bluebeard's Castle" the 6th-door (1)

バルトークの陰々滅々オペラ「青髭公の城」より、第6の扉の開くところの音楽である。非常に特徴的な耳に残るサウンドだが、音の構造としてはそれほど複雑ではなく、半分ずつの第2バイオリン、ビオラ、チェロ、それとフルート3本のフラッター、ホルン2本にA minorの短三和音を鳴らさせて、あとはF# G G# といった音を含ませて、不思議な感じを醸し出している。あとは銅鑼とティンパニトレモロ、それと極限まで速いフルート、クラリネットチェレスタ(これが大きい)ハープ二台の絡み合いがこのサウンドを作り上げている。

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Puccini opera"Tosca" Act III

プッチーニはトスカに限らず、ボエームでもお蝶夫人でも自由な(機能的でない)三和音の平行移動を使っているが、トスカの幕切れ近くに分かりやすい部分があるので切り取ってみた。楽譜は Carlo Carignani のピアノ・リダクションを拝借した。

赤枠で囲った部分は長三和音が長二度ずつ下がっていくフレーズである。Cから始まってDまで全音音階を一周する。そのあと、青枠で囲んだ部分もE  D Am Fの繰り返しで、短三和音を含むが、通常の機能性を離れた三和音の使い方となっていて大変ドラマティックで効果的である。E Majorと D Majorの連続はリディアン♭7を感じさせる旋法的なパッセージととらえることもできる。f:id:jun_yamamoto:20200605134200j:plain