ハイドンの有名な弦楽四重奏曲、通称「ひばり」の第4楽章フィナーレですが、「これぞ掛留音」という見本のようなところがあるので、引用します。57小節目からですが、第一バイオリンと第二バイオリンが交互に掛留音とその解決を見せてくれます。
56小節目の後半はAの和音すなわち、ラ、ド#、ミの和音です。次の57小節目は和音としてはDmの和音で、レ、ファ、ラの和音です。この小節の冒頭では、第二バイオリンが前の小節のミの音をタイで延ばしていますが、これが掛留音(retention=r)です。本来レ、ファ、ラの和音なのですが、ミの音が入っています。考え方としてはこのミの音は、本来レの音なのだが、前の小節から「掛留」することでこの小節の頭に「残っている」ととらえます。ここで、ミの音と和音のもともとの音である第一バイオリンのファの音が半音でぶつかりあって緊張感を持ちますが、それはすぐ次の8分音符で、延ばされていた第二バイオリンのミの音が一音下がって本来のレの音に進むことで「解決」します。この(故・桂枝雀師匠ではありませんが)「緊張と緩和」が美しいわけです。
このあと、同じように、57小節目の後半はC7すなわちド、ミ、ソ、シbの和音に、前半から第一バイオリンがファの音を引っ張っていて、これも掛留音になっています。このファの音は、第二バイオリンが一音高いソの音(これは和音本来の音)を鳴らしていますので長二度でぶつかって緊張していますが、すぐにファからミに降りることで、「解決」します。ここも「緊張と緩和」です。ここの部分はこの緊張と緩和が絶え間なく4小節にわたって繰り返されるので大変スリリングな展開となっています。
もう一つだけ説明しておきますと、次の58小節目の最初の和音はFですからファ、ラ、ドの和音ですが、第二バイオリンが前の小節からソの音を引っ張って「掛留して」います。これは第一バイオリンのラの音との間で緊張を生みますが、すぐ下がってファに「解決し」緩和します。以下同文で60小節冒頭まで続きます。