Jun Yamamoto音楽を語る

Jun Yamamoto 音楽を語る

クラシックのおいしいところをつまみぐい https://jun-yamamoto.wixsite.com/jun-yamamoto

Chopin Etude No. 3 op.10-3

みんな大好きショパンの「別れの曲」である。「別れの曲」という愛称はショパンに関するドイツ映画"Abschiedswalzer"(直訳すれば「別れのワルツ」)の邦題からきているのだそうで、そもそもこの曲は4分の2拍子だしちょっと的外れではあるが、まあ細かいことはいいか。(「別れのワルツ」のタイトルシーンには作品34-2のイ短調のワルツが流れているのでこれが Abschiedswalzerなのであろう。ラストは練習曲3番が使われているので、邦題は「別れの曲」としたのかもしれない。) 

ホ長調。Lento ma non troppo. 美しい主題であるが、ショパンの曲の多くにみられるように偶成和音が多用されている。最初の小節の右手のD#は刺繍音であるが、一瞬G#mを響かせる。2小節目の一拍目裏のB A D# G#の和音は下の三音がB7でG#は倚音であるが、この響きはAとD#の間が増4度、D#とG#の間が完全4度で大変美しい。この増4度+完全4度という組み合わせはロマン派の大発明で、新ウィーン楽派を超えて現代でも愛されている。ジャズピアニストの左手に頻出する和音でもある。ブルーズに現れる#9もこじつければこの和音だ。(減五度+完全4度の形だが実質的に等価)

そして、4小節目の二拍目の右手、A C#の二重倚音、さらに5小節目でも最初の三つの16分音符がそれぞれ異なった表情をみせて最後のBに解決する。おそらくショパンはここの部分を思いついたときに、「出来た」と思ったのではないだろうか。

3段目の最終小節からの転調も美しい。順に書き出してみると、

(E7 A) (G#7 C#m) (F#7 F#m7b5 E/B B) (C#m G#m A E)となっていて、全体は主調のホ長調であるが、括弧の中はそれぞれA major-C#minor-B major-E majorとなって、下属調、並行短調、属調そして主調にもどっている。和声のお手本のような進行である。

4段目、2小節目の二拍目のF#7b5は、属和音(E/B またはB)にもどるためのクリシェである。F#7はF# A# C# Eの組み合わせだが、このC#をバスにもってきて、CナチュラルにすることでF#7b5になる。なめらかな半音下降で属和音に達するかたちになる。なお、F#7b5はC7b5と構成音が同じであり、この関係は所謂「裏コード」としてポピュラーミュージックでも転調に利用されることが多い。

5段目のニ小節目から快活な中間部。ロ長調属調)。

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2ページ目、二段目のニ小節目から激しい曲調となる。最初の和音(G B C# E)はA9であるが、Aは省かれてC#m7b5となり、次のF#7に繋がる。3段目の冒頭も同様で、F#7からB9だが、Bが省かれてD#m7b5となってG#7に繋がる。16分音符二つ一組の音形は、左右ともオクターブが異なるだけで同じ手の形で弾けるので大変弾きやすい。ショパンの弾きやすさはこんなところにあると思う。次の部分でも左手はなにも考えずとも半音ずつ減五度(増4度)で下がっていってくれるので楽である。

ひと暴れしたあとは、F#m7とB の繰り返しで調性をもう一度確保した上で、もうひと暴れである。減七の和音をきらめかせながら半音ずつ降りてくるのだが、ここも左右の手の形が同じになるように書いてあり、弾きやすい。

 

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そしてもう一度Bの和音を響かせてから主調にもどっていく。最終ページ、二段目の4小節目の二拍目の裏は、形としてはC#m7b5であるが、全体がホ長調であるなかでgナチュラルを響かせている。一瞬属調(B major)のなかでその下属和音(E)の短調形の6度の付加和音が鳴っているというように聞こえる。(IVm6=Em6)

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